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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)1号 判決 1985年7月31日

東京都北区田端新町三丁目二一番一号

原告

長谷川好正

右訴訟代理人弁護士

斉藤義房

山本裕夫

東京都北区王子三丁目二二番一五号

被告

王子税務署長

江田巧

右指定代理人

須藤典明

青木清榮

高槁明

田川博

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が昭和五五年二月二九日付けで原告の昭和五一年分ないし同五三年分の所得税についてした各更正のうち総所得税金額が昭和五一年分について一八七万六三四九円、同五二年分について四二六万二九七三円、同五三年分について二二一万九二〇二円をそれぞれ超える部分及び同過少申告加算税の各賦課決定のうち加算税額が昭和五一年分について一五〇〇円、同五二年分について二万一六〇〇円、同五三年分について二四〇〇円をそれぞれ超える部分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  課税経緯

原告の昭和五一年分ないし同五三年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について、原告がした確定申告並びにこれに対して原告がした各更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定」という。)の経緯は、別表一記載のとおりであり、原告は右各処分について適式に異議申立及び審査請求を経ている。

2  不服の範囲

しかしながら、本件各更正のうち総所得金額が昭和五一年分一八七万六三四九円、同五二年分四二六万二九七三円、同五三年分二二一万九二〇二円をそれぞれ超える部分について、その推計の必要性及び推計額に不服であり、したがって、右本件各更正を前提としてされた本件各賦課決定のうち過少申告加算税額が昭和五一年分一五〇〇円、同五二年分二万一六〇〇円、同五三年分二四〇〇円をそれぞれ超える部分についても不服である。

3  よって、原告は、本件各更正及び本件各賦課決定のうち右二記載の不服部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、本件各更正が原告の売上金額を推計により算出したことは認める。

三  抗弁

本件各更正は、以下に述べるとおり適法であり、したがって、本件各更正を前提として国税通則法六五条一項の規定に基づいてされた本件各賦課決定も適法である。

1  推計の必要性

(一) 原告所属の岡田光市調査官(以下「岡田係官」という。)は、婦人既製服小売業を営む原告の係争各年分の所得税について調査をするために昭和五四年九月七日被告所属の山崎孝吉調査官(以下「山崎係官」という。)を伴い、原告の肩書住所在地の店舗(以下「本店」という。)に臨場し、係争各年分の原告の売上金額等の計算の基礎となる帳簿、原始記録等の提示を求めた。ところが、原告は、昭和五一年分及び同五二年分については未整理であると答え、昭和五三年分についてのみ日々の売上金額を記入し月毎に右合計額を記入したというルーズリーフ式のノート(以下「本件売上ノート」という。)を提示した。岡田係官は、本件売上ノートの記載の体裁自体からしてその記載内容が真実であることの確認ができなかったため、その記載の裏付けとなるレジペーパー等の原始記録等を提示するよう重ねて要請したが、原告はこれに応じなかった。

(二) 岡田係官は、その後も同年一〇月一六日、同年一一月七日及び同月一四日の三回本店に臨場して、昭和五三年分に係るたな卸高、本店改装費用等並びに昭和五一年及び同五二年分の帳簿等の資料の提示を求めたが、原告はこれにも応じなかった。

(三) 右のとおり、原告は、本件各更正に係る被告の調査に際し、終始非協力的な態度であり、被告は、本件係争各年分の所得金額を実額で算出するに足りる帳簿等の資料を入手できなかったので、やむをえず推計により売上金額等を算出し、本件各更正をしたものである。(右推計の必要性の判断基準時は原処分時と解すべきである。)

(四) なお、被告所属の宮崎榮吉上席調査官(以下「宮崎係官」という。)が、原告の本件各更正に対する異議申立てについて、昭和五五年六月一一日及び同年七月三日本店に臨場して調査した際も、原告は、日々の売上金額を記入した「手控帳」から転記したものとして本件売上ノートを提示したが、昭和五一年分及び同五二年分については「手控帳」からの転記がしていないため売上ノートはなく、「手控帳」は保存しているが見せられないと言い、宮崎係官が再三にわたり「手控帳」の提示を求めたにもかかわらず、原告はこれに応じなかった。

2  総所得金額の算出根拠

原告の本件係争各年分の総所得金額(事業所得の金額)の算出根拠は、別表二記載のほか、次に述べるとおりであり、本件各更正に係る総所得金額は、いずれも別表二記載の本件係争各年分の事業所得の金額の範囲内であるから、本件各更正は、いずれも適法である。

(一) 売上金額の推計とその合理性

別表二記載の売上金額は、後記(二)の売上原価を基として、これに原告と営業の業種、規模、立地等が類似すると認められる別表三の1ないし3記載の各年分の同業者(以下「比準同業者」という。)の平均原価率(各売上金額に対する売上原価の割合である原価率の単純平均値)を適用して(売上原価を平均原価率で除して)、算出したものである。

右比準同業者は、原告と同様王子税務署管内に事業所を有する青色申告者で各年中婦人既製服小売業を継続して営んでいるもののうち、各年の売上原価の額が原告のそれのほぼ二分の一ないし二倍の範囲内にあるものの全員を漏れなく抽出したものであるから、原告と営業の業種、規模、立地等が類似するものということができ、しかも、右抽出過程において被告の作為の介入する余地はないから、これの平均比率をもってする推計方法には合理性がある。

(八) 売上原価について

別表二記載の売上原価は、各年分中の原告の株式会社ワールド東京店(以下「ワールド」という。)からの仕入れ金額(実額)に相当する金額である。

ただし、売上原価は、期末の棚卸金額に期中の仕入金額を加算し、更に、これから期末の棚卸金額を減算して算出すべきものであるところ、原告は、本件係争各年分の期首又は期末において全く実地棚卸しを行っておらず、また、被告の本件各更正に係る調査においても各棚卸実額を確認することができなかった。そこで、通常の営業形態であれば商品の期首及び期末の各棚卸金額はほぼ同額であることが通例であるとの経験則に従い、原告の本件係争各年の右各棚卸金額は同額であると認定したものである。

四  抗弁対する認否

1  抗弁1(一)のうち、原告が本件売上ノート記載の裏付けとなる原始記録の提示要請に応じなかったことは否認し、その余の事実は認める。

同(二)の事実は否認する。

同(三)は争う。

同四のうち、原告が手控帳(甲第四号証の売上帳(以下「本件売上帳」という。)のことである。)を見せられないと申し立てたこと、原告が宮崎係官の手控帳の提示要求に応じなかったことは否認し、その余の事実は認める。

2  別表二に記載のうち、順号2の昭和五一年分の金額及び順号3ないし9の各年分の各金額は認めるが、その余の各金額は否認する。

抗弁2(一)は争う。

同(二)のうち別表二記載の売上原価が各年中の原告のワールドからの仕入金額(実額)に相当する金額であること、原告が係争各年の期首又は期末において実地棚卸しを行っていなかったことは認めるが、昭和五二年分及び同年五三年分の期首及び期末の各棚卸金額が同額であることは否認する。

五  原告の反論

1  推計の必要性について

推計課税が許されるのは、納税義務者が信頼でき帳簿その他の資料を備えず、かつ、税務当局の調査に対して資料の提供を拒むなど非協力的であったため、実額調査の手掛かりが得られなかった場合に限られるところ、本件においては、次に述べるとおり右推計が許される要件を欠いていた。

(一) 原告は、係争各年分の毎日の売上実額を記載した売上帳(以下「本件売上帳」という。)を備えていたものである。そして、本件売上帳は、原告又は原告の指示を受けた原告の妻若しくは原告の娘がレジペーパー、レジスターの現金有高、クレジット用紙控に基づいて毎日記帳していたもので、単純な誤記を除けばその記載は全く正確なものであって、本件売上帳により原告の本件係争各年分の売上金額を計算することは極めて容易であったのである。

(二) 原告は、本件各更正に係る被告の調査が係争各年分(三年間)のみを対象としていたので、昭和四七年三月から同五五年八月までの全売上が記載してある本件売上帳のすべてを見せる必要はないと考え、本件売上帳から調査対象年分の売上金額のみをノートに書き出して提示することとし、昭和五四年九月七日の調査日までに書出しが完了していた昭和五三年分の本件売上ノートを提示したものである。原告は、右ノートに疑問があれば本件売上帳を見せる旨述べたにもかかわらず、岡田、山崎両係官は、本件売上帳を見せて欲しいと求めることもなく、これを検討しようとする姿勢を全く示さなかった。

また、原告は、昭和五五年六月一一日宮崎係官に対し、本件売上帳を提示し、売上帳を見るからには内容を信用して欲しいと述べたところ、宮崎係官は、本件売上帳に目を通そうとしなかった。

右のとおり、原告が被告の調査に非協力的であったという事実はなく、かえって、被告には調査不尽の違法があったものである。

2  総所得金額の算出根拠について

(一) 売上金額について

売上金額は、昭和五一年分が四〇四二万九〇四五円、同五二年分が三九八六万二〇七〇円、同五三年分が五四八五万二五五〇円と本件売上帳(甲第4号証)により実額で算出できる。

(二) 昭和五三年分雑収入について

原告は、昭和五三年一〇月一日荒川区東尾久四丁目三二番一号に支店を開設し、その際開店祝金として合計金二一万三〇〇〇円を受領したので、同金員は昭和五三年分の雑収入となる。

(三) 昭和五二年分及び同五三年分売上原価について

棚卸金額は、昭和五二年期首が一二〇〇万円(なお、昭和五一年期首及び期末も同額)、昭和五二年期末及び同五三年期首が九〇〇万円、同年期末が一〇〇〇万円であるから、これも期中のワールドからの仕入金額(抗弁2(二)の実額)に加減算して売上原価を算出すると、昭和五二年分が三〇四四万七三八九円、同五三年分が四四五六万一五二八円となる。

(四) 昭和五三年分給料賃金について

原告は、昭和五三年一〇月から同五四年一月三日ころまでに森明美を従業員として雇用し、同女に対し昭和五三年に合計金二八万六〇〇〇円の給与を支給したので、右金員は同年分の必要経費となる。

3  推計の合理性について

被告主張の推計方法は、次の(一)ないし(四)の原告の特殊事情を全く考慮しておらず、また、(五)ないし(七)の事実にかんがみると、合理性を欠くものである。

(一) 立地条件

原告の店舗の立地条件は、高級婦人既製服小売店としては極めて劣悪である。すなわち、原告は、高級婦人服メーカーであるワールドのブランド商品を取り扱う専門小売店を営むものであるが、本店の周囲には客の吸引力のある商店街は全く形成されておらず、人通りが少なく、最寄の国電田端駅からも七〇〇ないし八〇〇メートルと離れており、駅からの街並みが完全に遮断されており、本店の商圏は、第二種特別工業地区又は準工業地域に指定されており、工場が多く居住人口が少なく所得水準が低いので、その購買力は極めて貧弱である。他のワールドのブランド商品の専門店のほとんどが駅前商店街に出店しているのに比して原告の本店は劣悪な営業環境の下にある。更に、晴天の日には直射日光を避けるためディスプレイを日除けの幕で隠さなければならないことも顧客の吸引力を著しく弱めている。また、支店も本店と大差なく、都電熊野前駅から五〇〇メートル以上の商店街の末端に近く、その商圏も第二種特別工業地区に指定された人口の少ない地域である。

(二) 店舗規模

店舗が広いほど品揃えも豊富になり売上げが伸びるが、原告の店舗は本店で約一二坪、支店で約九坪であって、婦人既製服小売店としては小規模に属している。また、従業者数も三ないし四名と小人数である。

(三) 営業年数

営業年数は利益率を左右する極めて重要な要素であるところ、原告がワールドのブランド商品の販売を始めたのは昭和五〇年九月のことであり、開店間もない係争各年当時は販売技術や仕入も未熟であり、市場の開拓や固定客の掌握も極めて不十分であった。特に仕入れについては、売上の見通しを誤って膨大な売れ残り在庫を抱えることが度々であり(なお、昭和五一年一一月にはワールドに対し金三三一万三〇九六円もの異例の返品を行った。)このためバーゲンへの依存度が高まり、利益率が著しく低下した。また、ワールドとの取引年数が短かったことから、正価販売における利益率が三〇ないし三二パーセントにとどまり、バーゲンによる廉価販売を加味すれば、原告の利益率は同業者に比し著しく低かった。

(四) バーゲン

原告は、以上のような立地条件の劣悪さによる売行き不振、仕入の誤り、在庫の増大という状況の中で、毎年冬と夏の二回にわたり三ないし五割引きという破格の安値で長期のバーゲンセールを行うことを余儀なくされ、その結果総売上高におけるバーゲン売上高の占める割合が異常な高率(昭和五一年分三五・一パーセント、同五二年分四一・九パーセント、同五三年本店分三六・七パーセント)となり、また、バーゲン期間後も売れ残り品を値引き(七割引)販売していた。したがって、バーゲン期間も短く、バーゲン売上への依存度の低い同業者の差益率を原告に適用することは著しく合理性を欠くものである。

(五) 別表三記載の同業者といわれる者の原価率をみると、昭和五一年が一三・二一パーセント、同五二年が一四・四七パーセント、同五三年が一三・六パーセントといずれも対象者相互間で一四パーセント前後という著しい較差が存在する。かように較差の著しい対象者を一括して平均原価率を求めること自体合理性がない。

(六) 原告がワールドから仕入をするに当たり取り決めていた利益率は、昭和五一年春までが三〇パーセント、同年春から同五三年春までが三二パーセント、同年春からが三三パーセントであるところ、別表三による比準同業者の平均利益率は、昭和五一年が二九・三六パーセント、同五二年が三〇・四九パーセント、同五三年が三三・三二パーセントであり、原告がワールドと取り決めた右利益率とほぼ同じかあるいは、昭和五三年についてはむしろ上回っている。そうすると、右平均利益率を原告が達成するためには、原告がワールドとの取り決めの上代価格に基づく正規の販売だけを行い、バーゲンは一切やらないか、あるいは、昭和五三年については上代価格以上の価格で売り出さなければならないが、このような結論は、バーゲンの売上が多くをしめている原告の営業実態と余りにも掛け離れているものである。

(七) 原告は、ワールドに対する買掛金を毎年七月末と一二月末に清算することになっていたが、現実には右支払ができず、バーゲンの売上を見込んで毎年七月末と一二月末に満期を一か月ないし一か月半先とする約束手形を振り出し、バーゲンの売上金をもって右手形の決済に充てていた。それでもしばしば決済資金に不足したために、原告は滝野川信用金庫(本店)から借入れ(昭和五一年一二月二〇日に二三〇万円、同五二年一月三一日に二四〇万円、同五三年一月三一日に二〇〇万円、同五四年一月三一日に二五〇万円)を起こさざるをえなかった。もし、原告が被告主張の推計方法によって算出される年間八〇〇万円ないし一五〇〇万円以上の所得を現実にあげていたなら、翌年初めにはバーゲン売上があってもなお二〇〇万円程度の支払にきゅうきゅうとしていることなどありえない。

しかも、昭和五五年九月一七日に原告所有の不動産に対し本件各更正に基づく差押えがされたため、右信用金庫から融資を受ける途が閉ざされ、その結果、昭和五六年一二月末以降はワールドに対する右取引約定どおり買掛金の清算が不可能となり、現状では常時約一一〇〇万円の残債務を抱え、月によっては二〇〇〇万円を超えることさえあるのが実態である。

六  原告の反論に対する被告の認否

1  原告の反論1(一)の事実は否認する。本件係争各年当時、本店のレジスターは故障がちであり、レジペーパーへの打ち込みを行っていなかったのであるから、本件売上帳がレジペーパーに基づいて記帳されたものでないことは明らかである。

同(二)は争う。

2  同2の(一)は争う。

同(二)の事実は認める。

同(三)の各棚卸金額は不知。

同3は争う。

婦人既製服小売店としては小規模に属すること、従業員数が少ないこと、立地条件が劣悪であること等の事情は、仮にあったとしても、いずれも売上金額の多寡に影響することはあっても、利益率には直接に影響を及ぼすものではない。

原告の業種にあっては一般的にバーゲンセールを行っており、原告だけが特殊、例外ではなく、バーゲンセールの前にはワールドから通常の仕入よりも低率で相当量の商品を仕入ているから、バーゲンセールを行ったからといって直ちに利益率が低下するものではない。また、バーゲンセールを行っても一部商品が売れ残る場合があることは、同業者全体について同様であって、原告の特殊事情ではない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一1(課税経緯)の事実は、当事者間に争いがない。

二  推計の必要性

1  本件各更正が原告の売上金額を推計により算出したこと、岡田係官が原告の係争各年分の所得税について調査をするために昭和五四年九月七日山崎係官を伴い原告の本店に臨場して調査し、右各年分の原告の売上金額等の計算の基礎となる帳簿、原始記録等の提示を求めたところ、原告が昭和五一年分及び同五二年分については未整理であると答え、昭和五三年分についてのみ日々の売上金額を記入し月毎に合計額を記入したというルーズリーフ式の本件売上ノートを提示したが岡田係官が本件売上ノートの記載の体裁自体からしてその記載内容が真実であることの確認ができなかったため、その記載の裏付けとなるレジペーパー等の原始記録を提示するよう重ねて要請したことは、当事者間に争いがない。

2  証人岡田光市の証言及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

(一)  岡田係官が昭和五四年九月七日の調査に際し係争各年分の帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、昭和五三年分の準備ができているので、同年分から調査して欲しい趣旨申し述べ、同年分のワールドの請求書、納品書、経費に関する領収証等を提示したが、売上に関する書類としては本件売上ノート(昭和五三年一〇月以降の本支店の売上は区別して記載されていない。)を提示するのみで、レジペーパーは打っていないと申し述べ、右記載の裏付けとなりうるレジペーパー等の原始記録の提示要請には応じなかったし、原告の売上を日々記帳していた売上帳が別に存在する旨の説明もなかった。

(二)  岡田係官は、山崎係官を伴い、昭和五四年一〇月一六日本店に、同年一一月七日支店(原告が昭和五三年一〇月一日荒川区東尾四丁目三二番一号に開設したことは当事者間に争いがない。)に、同月一四日本店にそれぞれ調査のため臨場し、昭和五一年分及び同五二年分についても帳簿等の資料の提示を求めたが、原告はこれにも応じなかった。

(三)  さらに、岡田係官は、昭和五五年二月二〇日三田村上席調査官と共に支店に臨場し、本件各更正に係る推計による売上金額を原告に提示して修正申告をしょうようしたが、応じなかったため、被告本件各更正をした。以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する供述部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  右1及び2の事実を伴せれば、被告の本件各更正に係る調査に原告主張のような調査不尽の違法はなく、右調査に原告の協力が得られず、原告の本件係争各年分の売上金額を実額により算出するに足りる資料の収集ができなかったものというべきであるから、本件各更正時において右売上金額について推計の必要があったことは明らかである。そして、右推計の必要性が原処分時に存在するかぎり、推計による課税が許されるのは当然である。

三  原告の本件係争各年分の総所得金額

1  別表二記載のうち、順号2の昭和五一年分売上原価の金額及び順号3ないし9の各年分の各損金の額及び控除金額については、当事者間に争いがない。

2  売上金額

(一)  売上金額を被告は推計により算出したのに対し、原告は本件売上帳(甲第4号証)に基づいて実額で算出できると主張する。もし、原告主張のとおりであれば、被告主張の推計方法の合理性の有無について検討するまでもなく、右実額によるべきこととなるから、まず、この点について判断する。

(1) 本件売上帳の提出時期等

原告は、前記二のとおり被告の本件各更正に係る調査において本件売上帳を提示していない。

成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は、本件各更正に対して審査請求した際に本件売上帳を提出したが、審査裁決庁は、本件売上帳に記載した売上金額を裏付けるレジペーパー、現金出納帳等がないこと、本件売上帳に基づき算定される本件係争各年分の売買差益率がワールドの仕入伝票(納品書)に基づいて算定した売買差益率と比較してかなり低率であったことから、本件売上帳は真実の取引実績を記載したものであるとは認められないと判断したことが認められる。

原告本人は、右調査において本件売上帳を提示しなかった理由を、本件売上帳に調査対象年分以外の売上の記載があること及び一〇年位前に原告に対して行なわれた税務調査において売上帳の原簿を提示したところ、ほかに帳簿があるだろうと疑われたためであると供述するが、複写機器を用いれば調査対象年分に限った正確なコピーを作成することは、右調査当時においても極めて容易な作業であり、本件売上帳が右調査時に真実存在していたものならば、わざわざ転記の煩を敢えてしてまで本件売上ノートを作成する必要はないのであって、調査対象年分以外の記載があることを不提示の理由とする右弁解はとうてい首肯できない。また、過去の税務調査時の不快感が不提示の理由の一つともいうが、その体裁に照らし売上帳の原簿でないことが明らかな本件売上ノートのみを提示することはかえって売上帳にその提示をはばかるような何らかの作為のあることを疑わせるだけであり、右供述は本件売上帳が真実存在したとすれば、これを提示しない理由としては不合理、不自然であり納得しがたいものである。

もっとも、宮崎係官が原告の本件各更正に対する異議申立てについて昭和五五年六月一一日及び同年七月3日本店に臨場して調査した際、原告が日々の売上金額を記入した「手控帳」(原告は本件売上帳と主張する。)から転記したものとして本件売上ノートを提示したが、昭和五一年分及び同五二年分については「手控帳」からの転記がしてないため売上ノートはなく、「手控帳」は保存していると申立てたこと、そこで宮崎係官が再三にわたり「手控帳」なるものの提示を求めたことは、当事者間に争いがなく、その際、原告は、宮崎係官に対し本件売上帳を提示したと主張する。しかし、証人宮崎榮吉の証言によれば、宮崎係官の提示要求に対し、原告は、右「手控帳」にはプライバシーに関することがかいてあるから見せられない、「手控帳」は切り札だから出るところに出たら出すなどと申し述べて、「手控帳」であるという簿冊らしいものの外観を見せただけで、右提示要求にも応じなかったことが認められる。原告本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 本件売上帳の体裁等

本件売上帳(甲第四号証)について、原告は、昭和四七年三月から同五五年八月までの八年間余にわたり原告の全売上を原告又は、妻若しくは娘が日々記帳したものであると主張し、右主張にそう証人長谷川光子の証言及び原告本人の供述がある。しかし、そのとおりであるとすると、日々の記帳だけでも休業日を考慮しても延べ二千数百回以上にわたったはずであり、しかも、本件売上帳には各月毎に過年分の最高売上月の日々の売上、累計売上等が対照用として併記されているから、以上の記帳行為が日々なされたものであるならば、通常は帳簿のページをめくる部分に相当の汚損、摩耗があって然るべきであると考えられるが、本件売上帳には右のような汚損、摩耗は認められない。

そして本件売上帳の記載の体裁を検討すると、全体的な印象として本件係争各年分を含めて日々の売上の記載がおおむね月単位以上にわたって同一筆記具により同一筆致で整然と記載されている部分が多く、むしろ相当長期間にわたる分をまとめて記載した疑いが強く残る。

更に、日々の売上金額の記載と天候に関する記載が別の筆記具でなされている部分がある(甲第四号証の四〇、四一、五〇、六四、六七、七四ページ)が、売上金額も天候も当日の終りに至って確定的に記載できるものであり、日々の記帳としてはこれまた不自然である。また、バーゲンに関する記載の多くが日々の売上金額の記載と別の筆記具でなされており(甲第四号証の四一、四二、四七、五九、六五、七一、八三、八九、九〇、九五ページ)、その記載の体裁等に照らし、後日、作為的に記入されたのではないかとの疑念を払拭することができない。

なお、成立に争いのない甲第一七号証の一ないし四によれば、本件売上帳と同一規格の帳簿(コクヨ株式会社製B五判応用帳チ-一〇七)は昭和四二年六月二九日から同四六年一二月八日までの間に製造されたものであることが認められ、また、本件売上帳には随所に天候、出来事等の記載があるが、これらの事実をもってしても、本件売上帳の係争年分の売上金額の記帳が日々行なわれたことを推認させるにはとうてい至らない。

(3) 内容の信憑性

原告は、前記二2(一)の調査の際に被告係官に提示した本件売上ノートは本件売上帳の昭和五三年分の記載を転記したものであると主張し、同本人尋問においてその旨を供述する。しかし、承認岡田光市の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件売上ノートに基づいて算出される昭和五三年分の売上金額は五一〇六万四八七〇円であることが認められ、本件売上帳に基づいて算出される実額と原告が主張する昭和五三年分の売上金額五四八五万二五五〇円との間には三七八万七六八〇円という少くなからぬ差があり、この開きは単純な転記の際の過誤とはいえない額であるところ、原告はこの点についてその本人尋問においても納得の行く説明ができなかった。してみれば、本件売上帳と本件売上ノートの記載のいずれが正しいか、あるいは、そのいずれでもない第三の金額が真実の売上金額であるかは、レジペーパー等のより原始的な記録と対照しないかぎり確定し難いものといわざるをえない。

この点について、原告は、本件売上帳はレジペーパー、レジスターの現金有高、クレジット売上票控に基づいて記帳されていると主張する。そして、原告本人は、本店では従前から、支店も昭和五三年一〇月一日開設時から、それぞれレジスターを使用し、現金売上、クレジット売上を問わず、売上の都度売上金額をレジペーパーに打ち出しており、本件売上帳は本支店売上分とも右レジペーパーに基づいて記帳したが、右レジペーパーは、支店に係る昭和五四年一〇月一日から同五五年八月三一日までの分(甲第五号証の一ないし一〇)だけがたまたま支店に残っていた旨、被告の調査があった昭和五四年一〇月ころの一か月前後は、偶然本店のレジスターの具合が悪くてレジペーパーが打てなかった旨及び本件係争各年及びそれ以前のレジペーパーは支店分を含めて本店でまとめて保存していたが、昭和五四年三、四月ごろに膨大になったので六、七年分まとめて廃棄した旨供述するが、他方、右レジペーパーを廃棄したのは昭和五四年九月七日の被告の調査について事前連絡があった日(証人岡田光市の証言によれば、同月五日であることが認められる。)の一か月位前であったとも供述する。また、原告本人の供述によれば原告の妻であり、本件売上帳を主に記帳していたとされる長谷川光子は、その証言中で、本件売上帳の係争各年分の記帳は本店分がレジペーパーに基づいて、支店分は原告の娘が現金売上、クレジット売上、総売上をメモしたものに基づいてそれぞれなされた旨供述するが、他方、本店のレジスターは昭和五四年ころ更新するまでの間、本件係争各年及び被告の調査期間を含む相当長期間にわたり故障がちで、レジペーパーが打ち出せなかったことが少なくなく、その都度修理していたが、修理の間は売上金額をメモに記録したとも供述し、本件係争各年分の本件売上帳の記帳がどの程度レジペーパーに基づくものであったかの点に関する供述にはあいまいなところがあり、レジペーパーについても、昭和五四年四、五月ころ過去一二、三年間位の分をまとめて廃棄したと供述する一方で、支店の昭和五三年一〇月から同五四年九月までの一年分は本店に置いておいたが、処分したか紛失したと思うとか、本店の昭和五五年八月より前の分は紛失してしまったと思うとも供述し、この点についても証言は一定しない。

右のとおり、本件売上帳の記載が何に基づいてされたかについて主たる記帳者とされる原告の妻の供述自体に判然としないものがあり、かつこれと原告の供述との間にも食い違いがある。また、本件売上帳の記載の裏付けとなるべきレジペーパーについても、その継続的存在自体について両者の供述に食い違いがあり、その滅失の時期、態様についても矛盾、抵触がある。のみならず、支店のレジペーパーのうち少なくとも右供述にいう廃棄時期(昭和五四年三月ないし八月ころ)以降昭和五四年九月三〇日までの分及び本店のレジペーパー(当時レジペーパーを打ち出していたとすれば)のうち同様期間の分についても、廃棄又は紛失したというのは極めて不自然である(前示のとおり、昭和五四年一〇月一日分が現存する最古のレジペーパーである旨原告本人は供述している。)すなわち、前掲原告本人の供述によれば、原告は前記の一括廃棄の時までは相当長期間(六年ないし一三年分)のレジペーパーを保存していたことになるのに、その後の昭和五四年九月三〇日までの期間のレジペーパーは長期保存をせず、しかも被告の調査が同年九月七日には開始されているから、本件売上帳(本件売上ノートも同断)の記載の真実性を証明できる唯一の原始資料として重要なものであることを認識できる状況にあったからである。ちなみに、前掲甲第二号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件係争各年分の必要経費に関する領収証等の損金となるべき原始資料は保存していることがみとめられる。

以上のとおり、本件売上帳の記帳の真実性を裏付けるべき資料に関する原告及び原告の妻の各供述には食い違いがあり、あいまいなところがあって、にわかに措信し難い。しかも、原告は係争各年分の損金に計上されるべき支出についての領収証等は保存しているにもかかわらず、昭和五四年九月以前のレジペーパーは本支店ともことごとく滅失させるというすこぶる不自然な所為に出ており、これは本件売上帳及び本件売上ノートとの対照を免れる意図によった疑いが強く、原告の作為の介在をうたがわせるものである。

なお、原告は、支店の昭和五四年一〇月一日から同五五年八月三一日までのレジペーパーとして甲第五号証の一ないし一〇を提出し、本件売上帳の同期間中の記載との合致をいうが、同号証には年月日の記載がないし、仮に同号証が後日作成されたものではなとしても、これによって本件売上帳の係争各年分の売上までが日々レジペーパーに基づいて記帳されたことを推認するには至らない。

(4) 本件売上帳の信憑性に係るその他の事情等

もっとも、前掲甲第四号証、成立に争いのない甲第三四号証、及び第四一号証の一、二、証人長谷川光子の証言により成立が認められる甲第三五号証の一ないし一一、第三六号証の一ないし一六、第三七号証の一ないし一三、第三八号証の一ないし二四及び第三九号証の一ないし六並びに同証言並びに弁論の全趣旨を併すると、本件売上帳及び原告が昭和五五年九月一日から同五八年一二月三一日までの売上を記帳したという売上帳に基づいて原告の本店の各年の売上金額を計算すると、昭和五一年が四〇四二万九〇四五円同五二年が三九八六万二〇七〇円、同五三年が四一九九万六一九〇円、同五四年が三九七七万〇八八〇円、同五五年が三五四九万七五五〇円、同56年が四二〇一万七五二五円、同五七年が三八八九万六二九五円、同五八年が三六〇五万三八六〇円となり、昭和五五年八月一日以降については右売上帳の売上記載に対応するレジペーパーが存在すること、また、原告は、昭和五五年九月一日従前の個人営業を有限会社に組織替えし、同時に青色申告に切り替えたことが認められる。

右認定のとおり、本件売上帳記載の本店の係争各年分の売上金額は、昭和五六年ないし同五八年分の売上金額とほぼ同額か又はそれを上回ってはいるが、このことをもって直ちに本件売上帳の係争各年分に係る売上記載が真実であると推認することはできない。

また、証人角田克己の証言によれば、角田克己は、ワールドの社員として昭和五一年四月ころから同五四年四月ころまで原告との間の商品の販売及び回収を担当していたことが認められるところ、同証人は、右業務の一環として、原告の本店で本件売上帳と思われる原告の帳簿を閲覧し、これに基づいて売行報告書を作成したことがある旨供述する。しかし、成立に争いのない乙第七号証及び同証言によれば、右売行報告書は、ワールドの商品について小売店からワールド宛に、売上日、曜日、品番、サイズ、カラー、上代(販売価格)、枚数等を記載して提出する書面であることが認められる。そうすると、日々の売上総額しか記載されていない本件売上帳に基づいて右売行報告書を作成することは不可能であるから、売行報告書を作成するために閲覧したという帳簿は本件売上帳ではないことになり、右供述も本件売上帳の真実性を補強するものではなく、この点に関する原告本人の供述も同断である。なお、証人長谷川光子は、角田らワールドの社員は、原告の支払能力を知るためにワールドの集金日に本件売上帳を見た旨供述するが、右供述は、右角田証人及び原告本人の各供述とも矛盾し、措信できない。

(5) 原告の作為の存在

原告は、第四回口頭弁論(昭和五七年一〇月一二日付け原告準備書面)において、昭和五〇年九月ころから同五四年一月三日ころまで森明美を従業員として雇用し、同女に対し昭和五三年に合計金一一三万六〇〇〇円の給与を支給した旨主張し、同本人尋問において一貫して同旨の供述をし、森明美が昭和五三年一月ないし同年一二月の各月末に給与の支給を受けた際に原告あてに作成・発行した領収証と称して甲第一三号証の一ないし一二を提出した。しかし、成立に争いのない乙第一一号証及び証人長谷川光子の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、森明美は昭和五三年一〇月から同五四年一月初めまでの約三か月間パートとして勤務したに過ぎず、甲第一三号証の一ないし一二を作成したこともなく、右領収証は、原告の妻である長谷川光子が原告と相談の上で偽造したものであることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定のとおり、原告は、係争各年分の所得の認定に関連のある事実について明らかに虚偽の主張及び供述をし、あまつさえ、昭和五三年分については、偽造文書と承知の上でこれを証拠として提出するという作為を敢えてしたものである。原告は乙第一一号証が提出され、長谷川光子の証人尋問がされた後において、右の虚偽の主張部分を撤回したけれども、右認定のような証拠方法についての原告の作為は本件売上帳についての前示の疑惑を一層深めるものである。

以上のとおり、本件売上帳が真実の売上を記載し、かつ被告の調査の段階で存在していたとすれば、原告がこれを提示することに何らの障害も考えられないにもかかわらず、提示しておらず、本件売上帳の外観や記載の体裁等をみても、これが係争各年分について日々記載されたものとはたやすく信じられない。しかし、本件売上帳の係争各年分の売上記載の裏付けとなるべきレジペーパーは現存せず、その廃棄、滅失に至るまでの原告の所為をみれば、本件売上帳との対照を妨げる意図に基づいた疑いが強く、結局、本件売上帳の係争各年分の売上記載をもって事実の売上金額を記載したものと認めることは到底できない。そして、他に原告の係争各年分の売上を実額で算出できる証拠はないから、実額によるべき旨の原告の主張は理由がない。

(二)  そこで、被告主張の推計方法の合理性について判断する。

(1) 成立に争いのない乙第三号証、証人武田雅雄の証言により成立がみとめらける乙第1号証、第二号証の一ないし三及び同証言によれば、次の事実が認められる。

東京国税局長は、昭和五七年四月三〇日付けで被告に対し(同年五月4日付け文書収受)、本件係争各年を対象年分し、次のアからオまでのすべてに該当する者全員の<1>総収入金額、<2>雑収入金額、<3>売上金額(<1>-<2>)、<4>売上原価、<5>原価率、(<4>-<3>)を所得税青色申告決算書等に基づき報告するよう求めた。

ア 個人で婦人既製服小売業を営む者

イ 税務署長の青色申告の承認を受けている者で、王子税務署管内(北区内)に事業所を有するもの

ウ 各年文において、売上原価がそれぞれ次の範囲内である者

昭和五一年分 一六五七万円以上六六二八万円以下

昭和五二年分 一三七二万円以上五四八九万円以下

昭和五三年分 二二七八万円以上九一一二万円以下

エ 年を通じてアの事業を継続している者

オ 次の(ⅰ)及び(ⅱ)のいずれにも該当しない者

(ⅰ) 災害等により経営状態が異常であると認められる者

(ⅱ) 更正又は決定処分がされている者のうち、次の(ア)又は(イ)に該当する者

(ア) 当該処分について国税通則法または行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過してないもの

(イ) 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中であるもの

これを受けて、被告の担当職員は、所要の調査をし、その結果を被告が昭和五七年五月一九日付けで東京国税局長に対して報告したものが、別表三の1ないし3記載(ただし、原価率の合計及び平均原価率の数値を除く。)のとおりであった。なお、同記載のうち、対象者Eは、昭和五三年分において売上原価が基準を下回ったため除外され、対象者Gは、昭和五二年の途中で開業した者で、昭和五三年に至って右各要件を充足したものである。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右することに足りる証拠はない。

そして、別表三の1ないし3記載の各対象者の原価率から平均原価率を求めると、同表記載のとおり算出される。

(2) 右認定の事実によれば、平均原価率算出の対象となった比準同業者は、原告の本店所在地の近接地域である北区内において、原告と同様に婦人既製服小売業を営む個人事業者であり、その売上原価が原告の後記3の売上原価のおおむね二分の一から二倍までの範囲内にあり、原告とほぼ営業規模を同じくし、特殊事情のあるものは除かれているから、右比準同業者の抽出基準には合理性があり、また、その抽出について恣意の介在する余地がなく、かつ、右の報告内容は該当事業者の所得税青色申告決算書に基づき最終課税事績の金額が記載されたものであるから、比準同業者の実在性、資料の正確性が担保されているといえる。更に、比準同業者の抽出件数も資料に客観性を与えるに足りるものであり、比準同業者の各原価率はいずれの年分についても平均原価率の上下ほぼ六ないし八パーセント以内の範囲に収まっており、このような比準同業者の原価率の平均値(平均原価率)を基礎に原告の係争各年分の売上金額を推計することは合理的なものというべきである。

(3) これに対し、原告は、原告の反論3(一)ないし(四)のとおり立地条件、店舗規模、営業年数、バーゲンについて原告に特殊事情があるとし、右平均原価率によ推計方法は合理性を欠くと主張する。

しかしながら、同業者の平均値による推計の場合には、一定数の同業者が確保されている限り、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異による原価率の差異はその平均化により捨象して妨げないものであるから、納税者の個別具体的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体を著しく不合理ならしめるほど特異なものでない限りこれを斟酌することを要しないものである。

そこで、原告の主張事実が、右の特異性を有するものであるか否かについて検討する。

ア 原告は、原告の本支店の店舗の立地条件が極めて劣悪であると主張するが、商圏が原告の主張する準工業地域、第二種特別工業地区であることは、北区内であれば原告のみに特異な事情ではない。また、本店が国電田端駅から七〇〇ないし八〇〇メートル、支店が都電熊野前駅から五〇〇メートル程度の距離であれば、最寄駅から遠く、交通が不便であるともいえない。原告本人は、原告の利益率が低い最大の要因は立地条件である旨供述するが、そもそも、原告の営業の利益率が特異と見られるほどに極端に低い事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、原告本人は、いずれも北区内の国電駅付近の商店街の中にある赤羽駅東口スズラン通りの「スズオリ」、「キクヤ」(支店)、東十条駅北口商店街の「リナきくや」(本店)、十条駅西口十条銀座の「若草」のワールドのブランド商品の各専門店と比較して、原告の店舗の立地条件が劣る旨供述するが、比準同業者はいずれも別表三記載のとおり売上原価が原告とほぼ同額か原告より低いものであり、右各専門店が好立地、好営業成績であるならば、比準同業者には該当しないことになるから、右各専門店の存在は、それが原告本人の供述するような業績であるとしても、原告に平均原価率を適用することを不合理ならしめる理由とはならない。

イ 原告は、店舗が広いほど品揃えも豊富になり売上が伸びるが、原告の支本店の店舗が小規模で従業者数も少ないと主張するが、比準同業者の売上原価がいずれも原告とほぼ同額か原告よりも下回ることから考えて、比準同業者と比較して、原告の店舗面積が格段に狭く、品揃えの点で格段に劣るとは到底いいえないから、原告主張の店舗規模、従業者数には特異性があるとはいえない。

ウ 原告は、本件係争各年当時はワールドのブランド商品の販売に係る営業年数が極めて短く、正価販売における利益率が低く、仕入の失敗から膨大な在庫を抱え、バーゲンへの依存度が高まり、利益率が著しく低下したと主張する。

前掲甲第四号証、成立に争いのない甲第一八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五〇年八月店舗(本店)の改装をしてワールドのブランド商品(高級婦人既製服等)の販売を開始したが、それ以前は昭和二八年からワンピース等の婦人服を含む一般洋品、化粧品、雑貨の販売をしていたことが認められる。そこで、原告本人は、ワールドの言いなりになって過剰仕入の失敗を繰り返し、バーゲンへの依存度が高まり、昭和五一年一一月にはワールドに対し三三一万三〇九六円もの異例の返品を行った旨供述し、証人角田克巳及び同山川藤八は、ワールドは屑物、不良品以外は原則として返品を認めていない旨各供述する。

しかし、次に認定するとおり、原告の返品は右供述分以外にも多数回あり、右返品のみが異例なものとして許容されたものでないことは明らかである。すなわち、成立に争いのない甲第二七号証及び第四七号証の二ないし九並びに原告本人尋問の結果により成立が認められる甲第一〇号証によれば、原告は、ワールドに対し、昭和五〇年九月に八四〇〇円、同年一二月に五一万〇八六〇円、同五一年一月に三三万八二三〇円、同五三年一月に二万一〇九四円、同年二月に二万一三〇六円、同五五年一二月に九万〇二七九円、同五六年一月に二万七六五七円、同年七月に一七万四一九五円、同年八月に四万二八四〇円、同年一二月に五五四万六〇一六円、同五七年一月に五万三九九一円、同年七月に一万七一六七円、同年八月に八三七九円の各返品をしたことが認められ、返品はほぼ恒常的に行なわれていたといえる。そして、このような返品が許されるかぎり、過剰仕入が解消されることは言うまでもない。のみならず、過剰仕入の点について、証人角田克巳は、当初はワールドからの指導はなく、むしろ原告からワールドが教えられる方が多く、仕入も常に原告主導であった旨供述していることに照らすと、ワールドの言いなりで過剰仕入を繰り返した旨の原告の右供述はたやすく措信できない。

次に、開業後の年数と利益率の点についてみると、証人角田克巳の証言によれば、ワールドの商品は、原則としてワールドの指示する上代価格(標準小売価格)で販売することとされ、その仕入値(卸値)は、原告の場合、原則として上代価格の六八パーセント(昭和五一年)ないし六七パーセント(昭和五二年及び同五三年)であったこと、右仕入値の比率は小売店によって多少の違いがあることが認められるが、原告の右仕入値の比率が一般のワールド商品の小売店と比較して異例に高く、したがって、正価販売における原告の利益率が異例に低かったことを認めるに足りる証拠はない。開業年数についてみても、前記(1)のとおり別表三3の記載の対象者Gは昭和五二年中の開業であるにもかかわらず、その昭和五三年における原価率は平均原価率より低い(したがって、利益率は平均値より高い。)ことは明白であり、単純にワールドの商品を取扱い年数だけで利益率の高低が決定されるとは必ずしもいえない。

しかも、原告は本店において長年ワンピース等の婦人服を含む一般洋品の販売に従事してきたものである。これらの点を考慮すれば、原告がワールドの商品の販売を開始してからの経過年数のみで、原告の係争各年分の利益率が特別に低かったと推認することは到底できない。

エ 原告は、毎年冬と夏の二回にわたり三ないし五割引きという破格の安値で長期のバーゲンセールを行うことを余儀なくされ、バーゲン期間後も売れ残り品を値引き(七割引)販売し、総売上高におけるバーゲン売上高の占める割合が異常な高率となったと主張する。

証人角田克巳の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は毎年冬(一月中旬ころから二月中旬ころまで)と夏(七月中旬ころから八月中旬ころまで)の二回にわたりおおむね三ないし五割引と銘打ってバーゲンセールを行ったこと、ワールドの商品のバーゲンについては、ワールドで制約はしていないが、通常小売店がワールドの担当者と相談して実施していたこと、バーゲン用の商品として原告がワールドから仕入れるものは、前記ウの正規の仕入値と異なり、上代価格の四〇ないし二〇パーセントのものが主である(一部にそうでないものもあった。)こと、バーゲンは婦人服専門店ではワールドの商品の取扱店を含めて広く実施されているところであり、その値引率は右原告の場合と大同小異であることが認められる。

証人角田克巳の証言のうち、原告がバーゲンで量を売ったので利益が落ちたと思う旨及び原告のバーゲン期間が年に四か月間近いと思う旨の供述はあいまいであり具体的裏付けを欠き、採用できない。

原告本人は、過剰仕入等でバーゲンへの依存度が大きかった旨、当初予定のバーゲン期間後も売れ残り品を七割引程度で値引き販売したのでバーゲン期間が長かった旨及びバーゲン売上割合が他の店は二、三割なのに対して原告は昭和五一年が三五・一パーセント、同五二年が四一・九パーセント、同五三年が三六・七パーセントであった旨を供述し、前掲甲第四号証(本件売上帳)に基づいてバーゲン売上を算出したものとして甲第九号証及び第一一号証の一を提出する。しかし、原告本人尋問において原告自身甲第四号証からは原告主張のバーゲン売上の数字は出て来ないこと、甲第九号証(したがって、甲第一一号証いちも)の数値は正確性に欠けることを認める供述をしている。しかも、甲第四号証については、原告の真実の売上を記帳したものとは未だ認められないことは前記(一)のとおりであるから、同号証からバーゲン売上及びそれが総売上に占める割合を算出した甲第九号証、第一一号証の一も採用することができない。その他、原告本人のバーゲンに関する供述は、具体的な資料の裏付けを欠き、供述内容自体あいまいなところがあり、採用できない(なお、過剰仕入については前記ウで判断した。)。

他に、平均的な同業者と比較して原告の実施したバーゲンセールが特異であり、原告に比準同業者の平均原価率を適用することが著しく合理性を欠くものであることを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり、原告に特殊事情があることを前提として被告の推計方法の不合理性をいう原告の主張はいずれも理由がない。

(4) 更に、原告は、ワールドに対する買掛金の決済状況にかんがみると被告主張の推計方法は合理性を欠くと主張する。

そして、成立に争いのない甲第四八号証及び第四九号証によれば、滝野川信用金庫(本店)の原告に対する手形貸付について、<1>昭和五一年一月一〇日五〇万円、同月一九日返済、<2>同年四月一九日二五〇万円同年七月三日返済、<3>同年一〇月一九日四六〇万円、同年一一月一八日返済、<4>同年一二月二〇日二三〇万円、同五二年一月三一日返済、<5>同日二四〇万円、同年二月一五日返済、<6>同年八月一三日四五万円、同年九月一六日返済、<7>同五三年一月三一日二〇〇万円、同年二月二〇日返済、<8>同年八月三一日六〇〇万円、同年一一月二五日返済、<9>同五四年一月三一日二五〇万円、同年二月一五日返済の各貸付がされたことが認められる。また、前掲甲第四七号証の六ないし九及び第四九号証並びに成立の争いのない甲第一六号証の一ないし三によれば、原告所有の不動産について、昭和五五年九月一六日大蔵省(王子税務署)による差押えがされ、更に、昭和五六年一月三〇日東京都(北都税事務所)による参加差押えがされ、昭和五五年二月から同五七年一二月まで間は、滝野川信用金庫の原告に対する手形貸付がされていないこと、原告のワールドに対する買掛金の前回繰越額は、昭和五六年一二月一五日現在二八七一万二六一二円、同五七年一月二〇日現在一一三八万六二九七円、同年七月二〇日現在二一七八万七一六三円、同年八月二〇日現在一一〇〇万円であったことが認められる。

しかし、原告の本支店における営業の収支の内容が金銭出納簿等の資料によって正確にかつ具体的に明らかにされないかぎり、右認定の信用金庫との貸借取引及びワールドに対する買掛金銭高の推移だけでは、平均原価率を原告に適用することの合理性の欠如を認定することはできない。けだし、買掛金の決済資金の不足は、売上金を係争当該年分以外の債務、支店開設費用、あるいは営業外の債務の支払に当てるとか資産の収得、営業外の消費に当てること等によっても生じうるものだからである。

のみならず、前掲甲第四七号証の一、三及び五によれば、昭和五五年八月二〇日、同五六年一月二〇日及び同年八月二〇日の各時点における原告のワールドに対する買掛金のうち前回請求分の繰越額(未払分)はなかったことが認められる。これによれば原告は、係争各年以降においてもワールドに対する買掛金を全額支払ったことが二度ならずあったことになり、前認定のような近年の買掛金債務の額の推移をもってしても、係争年分における売上の推定に平均原価率を適用することを妨げるものではない。

以上のとおり、原告のワールドに対する買掛金の決済状況にかんがみ被告主張の推計方法が合理性を欠くとする原告の主張は理由がない。

(5) よって、被告主張の推計方法が合理性を欠く特段の事情があるとする原告の主張は採用できない。

(三)  そこで、別表三の1ないし3記載の平均原価率と別表二の順号2の昭和五一年分売上原価及び後記3の各年分の売上原価に基づいて原告の係争各年分の売上金額を算出すると、昭和五一年分が四六九一万六四〇七円、同五二年分が三九四八万六九六四円、同五三年分が六六八二万八九二六円となる。

3  昭和五二年分及び同五三年分売上原価について

(一)  別表二に記載の売上原価が各年中の原告のワールドからの仕入れ金額(実額)に相当する金額であること、原告が本件係争各年の期首又は期末において実地棚卸しを行っていなかったことは、当事者間に争いがない。

(二)  棚卸金額について、原告は、昭和五二年期首が昭和五一年期首及び期末と同額で一二〇〇万円、昭和五二年期末及び同五三年期首が九〇〇万円、同年期末が一〇〇〇万円であると主張し、その本人尋問において、右各金額はおおよその数字であり、昭和五一年期首の一二〇〇万円は甲第二七号証から分かる昭和五〇年中のワールドからの仕入金額を〇・七で除して換算した上代価格から甲第四号証に基づいて作成した甲第八号証から分かる同年中のワールドの商品の売上金額を差し引いて上代価格で算出した旨供述する。しかし、甲第四号証が原告の売上を記帳したものとして採用できないことは前記2(一)でとおりであり、原告には前記2(二)(3)エのとおり上代価格の七〇パーセントを下回る低廉な仕入もあるから、右供述に係る算出方法は到底採用できず、また、九〇〇万円及び一〇〇〇万円の各棚卸金額の算出根拠は全く不明であるから、原告の右供述により原告主張の各棚卸金額を認定することはできない。

そして、他にも原告の昭和五二年及び同五三年の期首及び期末の各棚卸金額を実額又は合理的な推計により認定できるだけの証拠はない。

(三)  被告は、通常の営業形態であれば期首及び期末の各棚卸金額はほぼ同額であるとの経験則に従い、原告の係争各年の右各棚卸金額は同額とみるべきであると主張するところ、昭和五一年、五二年については右主張が妥当するが、原告は、前記二2(二)のとおり、昭和五三年一〇月一日に支店を開設したものであるから、同年については期首と期末とで営業規模に変化があり、期末棚卸金額は期首棚卸金額と比較して増加したものと推認され、その増加額は弁論の全趣旨を斟酌して、原告主張のとおり一〇〇万円であると認めるのが相当である。

(四)  そうすると、売上原価は昭和五二年分が別表二順号2のとおり二七四四万七三八九円、同五三年分が同表順号2の金額から右棚卸増加額を控除した四四五六万一五二八円となる。

4  昭和五三年分給料賃金について

前記2(一)(5)のとおり、原告は昭和五三年一〇月から同五四年一月初めまでの約三か月間森明美を従業員(パート)として雇用したものである。前掲乙第一一号証によれば、森明美は、そのころ国電巣鴨駅近くの豊島区駒込六丁目のアパートに住んで、三か月定期で通勤し、原告の店舗(本店又は支店)に昼から半日(原告本人の供述によれば、一二時から六時まで)勤務し、時給五〇〇円で、休みは週に1回位とっていたことが認められるから、同号証の月九万円はもらっていなかったように思う旨の森明美の申述記載をも斟酌して、原告の昭和五三年分の森明美に対する給与支給額は通勤費を含めても月九万円、合計二七万円を超えないものと認める。

5  以上により原告の事業所得の金額を算出すると、昭和五一年分が九五二万七七九四円、同五二年分が八〇五万四八〇〇円、同五三年分が一五〇四万二一二七円となる。

そうすると、本件各更正に係る総所得金額は、いずれも右に認定した原告の本件係争各年分の事業所得の金額の範囲内であるから、原告自認の雑収入について考察するまでもなく、本件各更正は適法である。

四  本件各賦課決定について

以上に述べたとおり、本件各更正は適法であるから、本件各更正を前提として国税通則法六五条一項の規定に基づいてされた本件各賦課決定も適法である。

五  結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本和敏 裁判官 太田幸夫 裁判官杉山正巳は転官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 山本和敏)

別表一

<省略>

(注) 所得金額は、昭和五一年分については、昭和五一年分所得税の特別減税のための臨時措置法による減税額控除前のもの、昭和五二年分については、昭和五二年分所得税の特別減税のための臨時措置法による減税額控除前のものである。

別表二

<省略>

別表三の1

<省略>

平均原価率(<5>原価率の合計|件数) 七〇・六四%

別表三の2

<省略>

平均原価率(<5>原価率の合計|件数) 六九・五一%

別表三の3

<省略>

平均原価率(<5>原価率の合計|件数) 六六・六八%

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